シコウノイッタン

落語や社会、本など、偏見だらけの話をつらつらと

【ドキュメンタリー】『メリエム』〜ショートショート フィルムフェスティバル & アジア 2018ノンフィクション部門最優秀賞〜凄いもん見た

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▼あらすじ

自由のため、イスラム過激派と戦う女性たち
シリア北部で勃発したコバニ包囲戦。イスラム過激派組織との戦いの中心に女性たちがいた。強靭な精神力をもとに、彼女たちは自由のための戦いに挑み続ける。

▼凄いもん見た

見ました。
すごい映像を見た、というのが一番の感想。

何が凄いのか?

女性兵士たちは皆、生と死が交錯する場でヘラヘラしている。
なにかこう、近所で井戸端会議をしているような独特の緩さがある。。
しかし、その緩みは、ひょっとすると緊張に対する緩和剤なのかもしれないと考えると胸が痛む。


戦場には色がない。
焼け焦げた死体は、我々が想像する遺体と同じ像を結ばない。
まるで瓦礫の一部のようだ。

そうした瓦礫とかしたものに、一瞥もくれず去っていく女性兵士たち。
カメラマンの打算だけが、其の画を捉えようとしている。
その対比は、当事者と非当事者に痛烈に線を引く。


一方で、若き女性兵士は「たくさんの仲間が死んだ」と涙を流す。
それを歴戦の勇士・メリエムは、「負けちゃだめ」と励ます。
「何に」負けて、「何に」買って、その勝敗の果てに「何が」あるのだろうか?
一族、民族、国家の末端として、極めて冷徹に敵を倒すことを追求するメリエムの姿に、鳥肌がたつ。

▼ハエを振り払うことで私達と戦場がつながる

映像の途中、メリエムの頬にハエが止まるシーンがあった。
私は、彼女にハエを振り払ってほしくなかった。

止まったハエを追い払うという「普通」の行為を「しない」ことで、メリエムと「我々」は違う生き物である、ということを、心の奥底で再確認したかったのだと思う。

しかし、彼女はハエをこともなげに振り払う。
その瞬間、我々とメリエムに橋がかかる。

映像に映る戦場が、私達とリンクしていくのを感じた。
戦闘機の爆撃で、ハリウッド映画のそれとは違う爆炎が天高く登り、映像は終わる。

16分弱の強烈な体験。

【書評(のようなもの)】黒島伝治『パルチザン・ウォルコフ』『橇』『雪のシベリア』

 

 

 

ソビエトもの小説の大家 

読みました。

黒島伝治プロレタリア文学の人で、ソビエト従軍をした関係で、いわゆる「ソビエトもの」の作品群の評価が高いそうです。
私も先日まで知らなかったのですが、読んでみると実に面白かったので、記録に残すことにしました。
といっても雑多になるので個別の感想は控えます。

▼作品群に共通するもの

さて、黒島伝治のどの作品にも共通して描かれているのは、シベリア出征において

日本兵には厭戦気分が広がっており、人殺しをすることに躊躇いを感じること

②日本国家への忠誠の弱さ
です。

 

シベリアの極寒や、大義なき侵略戦争厭戦気分を広げた()のは想像に難くないですが、それ以上に、第二次世界大戦のときに描かれるような、兵士と国家の一体感()が作品からは伝わってきません。


それはなんでだろうと考えたのですが、当時は、近代国家樹立の黎明期で、国家的なイデオロギーがまだまだ弱かったのだなぁと推測しました。

言い換えれば、第二次世界大戦にて日本国家はイデオロギーとしての最盛期を迎え、終戦とともに崩壊した、という。
まぁこのへんは勝手な想像ですが。

▼描かれる泥臭い兵士たち

話を作品群に戻すと、「厭戦気分」で「人を統御するイデオロギー」が弱いので、軍隊といえど、妙にみんな人間臭く、バラバラ。黒島伝治の作品で描かれるのはそんな人たちです。
また、日本兵の視点だけでなく、パルチザンソ連の農民兵)の視点も描かれます。

そうした人たちの視点をバランスよく取り入れ(すなわち、そこでは善悪二元論が語れない)、かつ短い文章のなかで、わかりやすくウィットに富んだパンチラインを入れてくる、という。黒島伝治はそんな凄い作家でした。

amazonでも無料で読めますし、青空文庫でも読めるので、「ソビエト」「シベリア抑留」とかのワードに興味がある人はぜひ読んでほしいなぁと思います。


なんか勝手なイメージですが、兵士それぞれの描写は、私が好きな漫画の一つ『あれよ星屑』にも親しいものを感じます。

 

↑ こちらも名作!

▼シベリア抑留へもつながるシベリア出征

余談ですが、以前、シベリア抑留を経験した人のドキュメンタリー映像を作りました。
制作にあたって、お話を聞いたり、シベリア抑留について勉強しながら考えたのは「この出来事は単純な善悪では語れないなぁ」ということです。まさに黒島の描くところと一致します。


確かにシベリア抑留こそ一方的だったけど、遠因には真珠湾の奇襲があって、満洲支配もあって、……という因果の応酬のようなものを感じたんですね。

そして、その遠因の一つ、因果の鎖の一つであった「ソビエト出征」でのエピソードが、黒島伝治の作品群の中に描かれていたのは、非常に興味深かったし、まるで謎が解けたというか、勉強になりました。

シベリア抑留というと「ソ連憎し」という言葉でくくられがちなのですが、ソ連の側はソ連で、「日本人憎し」という感情を抱いていたことを、フィクションながら(なかば私小説なのかもしれませんが)黒島伝治の作品は教えてくれました。

いやはや、エンタメ小説としても十分面白いし、表現も豊かで読み応えがあります。
おすすめです。一応、リンク貼っておきますね、無料なのでお気軽にどうぞ。

 

※この日記を書くにあたり、下記の記事がおおきなヒント&参考になりました。非常に素晴らしい記事なので、併せて読んでいただくといいかもしれません。
※あと私は義務教育過程において、歴史嫌いマンだったので、歴史認識が正しくない部分があるかもしれませんが、ご容赦ください。

jbpress.ismedia.jp



了。

 

 

雪のシベリア

雪のシベリア

 

 

 

橇

 

 

 

 

【映画】『海底47m』〜いつだってサメはB級の証(45点)

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安定のエンドロールにハードロックな映画

見ました。

初めにいっておきます。
エンドロールにはパンキッシュなハードロックが流れます。
もうお分かりですね。
B級映画です。

ジャンルはパニックホラーっていうんですかね。
「海に溺れるモノ」の映画って割と出尽くした感があるので、既視感アリアリでした。

海の中の危険要素である、「サメ」と「潜水病」というフルコース料理を頑張って出したのはいいんですが、味つけも大味な感じ。

 

海底47m』の超簡単あらすじー

主人公と、妹がメキシコでケージに入ってサメを見学するツアーに参加する。

ケーブル切れて海底へ。
一度は引っ張り上げられるが、また切れて再度海底へ。

サメとバトルする中で妹がやられる。
と思ったら実は生きてて、なんとか生還。
と思ったら潜水病から来る妄想。

結局、主人公だけ救助されておしまい。


一言感想

映画自体はテンポもよくて見れてしまうのだけど、夢中になれるようなドライブ感はないですね。
それは、最初に述べたとおり、既視感があったり、海中というシチュエーションの中で用意できる引き出しが、ある程度限定されるからなんでしょうが。

いずれにしても、現地人とのイチャイチャとか描かずに、姉妹の絆の掘り下げとか、恐怖表現とか、やることは他にあったような気がしなくもない映画です。


45点なので、簡単な記録にしときます。

 

了。

【映画】『スケア・キャンペーン』の感想〜65点くらいはあげられるホラー〜

 

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結構面白いけど評価分かれる

見ました。

個人的に結構面白かったんですが、おおむね評価は分かれるようです。
ご興味のある人はamazonプライムビデオで見れるのでどうぞ。


『スケア・キャンペーン』のあらすじー(ネタバレ)

『スケア・キャンペーン』というドッキリ番組を手がけるクルーたちがメインの登場人物。
視聴率低下に伴い、もっと刺激のある番組を上から要求されるクルー。

そこでディレクターは、ターゲットをドッキリに嵌めると見せかけて、クルーの演者であり主人公・エマを嵌める、という二重ドッキリを考案する。

撮影は途中までうまく行ったものの、突如仮面を被ってスナッフフィルムなどをネット上にあげる過激集団の闖入を受ける。

過激集団は、クルーを一人ひとり殺害していく。
そして最後に残った、エマとディレクター、幽霊役の新人・アビーの3人。
仮面男は「エマともう一人は生かしてやる。選べ」と言われ、いろいろあってアビーを選択。

ディレクターは失神させられる。
目覚めたディレクターは、その先で、アビーは過激集団の仲間であったことを知る。
エマの危機を悟るが、動けないディレクターは生きたまま焼却炉に運ばれる。

一方、車で逃走したアビーとエマは警察に行こうとする。
そして、車の中にあるカメラに気づくエマ。
その映像は、一体、誰が、どこから、なんの意図で見ているのか?

その答えは明確にならず、映画はこのシーンでおしまい。

個人的注目ポイント

オチが弱いとか批判がありますが、あえて明確にしてないんだと思います。
意図的な余白で、人々の想像力の入り込む隙間を作っているわけですね。

というか、話を見れば余白だらけなんです。
そもそも、過激集団がなぜ人を殺しているのかも分かりません。
本当にクルーが殺されたかも分かりません。
ディレクターが殺されたかも分かりません。
エマがどうなったかも分かりません。
なぜエマが生かされたかも分かりません。

描かれないから『トゥルーマン・ショー」的なメタ要素の可能性すらありますね。

 

それらを含めて、どこまでが本当でどこまでが嘘なのかはっきりしません。
そういう疑心暗鬼の観念を提起させるのがこの映画の目的なんじゃないでしょうか?

そして、その疑心暗鬼という一種の不安定状態を楽しむ、という。

でも一つはっきり製作者が突きつけている事実があります。
それは、この作品がフィクション(嘘)だということです。

嘘の舞台の上で、嘘・真を論じようが、嘘なんですよね。
これは皮肉なんだなぁと思います。


いずれにしても、テンポがいいし、なんとなく筋は読めるけど、最後まで謎が明かされないのは、ある意味我々の想像の上を行く、というか。
要はナンセンス映画ということですね。
時間があれば見てもいいかもしれません。

 

あと、エマ役の女性が可愛いです。

 

 

【映画】『ハクソー・リッジ』の感想〜実話じゃなければ帰ってた〜

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▼まぁまぁ普通に面白い映画

見ました。
グロ表現に定評のあるメル・ギブソン監督の作品です。

太平洋戦争の沖縄戦において、キリスト教信仰のもと、人を殺めず、救い続けた実在の衛生兵の物語。

この映画の良い点はとにかく分かりやすいこと。
筋立てはシンプルですし、戦場描写も分かりやすい。

戦争映画って、途中、どこで戦っていて、どういう方面に進行しているのか分からないことがありませんか? 右上とかにミニレーダーみたいの欲しいって思いませんか?

画像;ミニレーダー

ミニレーダー


この映画は、舞台(ハクソー・リッジと言われる台地の上)が限定されていて、かつ戦闘行為そのものは主題ではないので、状況把握は難しくない。そういう意味では、分かりやすく、エンターテインメントとしては楽しめる映画でした。

▼実話ベースのファンタジー

ただまぁ、歴史考証的に見ると、日本兵はあんなにワラワラと現れてこなかったでしょう。物量差は歴然でしたので、夜間のゲリラ戦が主体であったはず。その辺りからファンタジー色が強くなってきます。
事実ベースとは言え、「映画にする」ということは、ある種の歪曲も致し方なしなのかなと思って見ていました。

あと、軍曹の軽機関銃、何発、弾発射できんねん!、というぐらい軍曹が無双します。この辺りの見せ場も、見せ場感が強くてちょっと。。

そして、最後の最後に主人公が隠し持っていた華麗な体術。
こうくるかー、と思いました。

というわけで、基本的には実話ベースのファンタジーというか、面白さはあっても深みがない、というのがこの映画の正直な感想です。

▼見え隠れする神の存在

最後、主人公は担架で崖から降ろされていくのですが、まるで天に登っていくような表現がなされます。
あれは、彼が神の下僕であり、かつ戦場での行いによって、(エヴァ劇場版でいう)疑似シン化したのに類似する表現でしょうね。

そういう、とにかくキリスト教を主軸にした、あざとさが鼻についてしまうので、あぁこれは戦争を描写する映画というよりも、イデオロギーの映画だなぁ、と最後の最後に気づかされました。

「事実をもとにして作られた」という「事実」がかろうじて、この作品と視聴者をつなぎとめているような気がしました。

なんだか辛口になってしまいました。

【映画】『わたしは、ダニエル・ブレイク』~国家にとって「私」とは。「制度」を巡って~

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『わたしは、ダニエル・ブレイク』ジャケ写

わたしは、ダニエル・ブレイク』ジャケ写


あけましてなんとやらです。

年末もバタバタしていたのですが、この映画だけ、なんとかみることができました。なかなか感じ入ることが多かったので少し書こうと思いました。

【目次】

 

▼まずは超簡単なあらすじ(ネタばれ)

物語の筋はシンプルです。

  1. 主人公ダニエルは大工。心臓の病気で働けなくなり、(日本でいう)障害年金を受給しなくてはいけなくなった。
  2. 舞台であるイギリスの社会保障は、めちゃくちゃ受給条件が厳しい。いじわるとしか思えないような役人とのやりとりに辟易するダニエル。
  3. すったもんだしていた役所でシングルマザーと出会う。彼女もまたお金に困っている。
  4. 交流を続けるなか、シングルマザーが困り果てて、窃盗、ついで売春に身を落とす。
  5. いろいろあったけど、シングルマザーは苦境から脱出。人権派の弁護士を通じて、ダニエルの受給も認められそうになる。が、ダニエルは受給を争う問答の直前に心臓発作で死亡。
  6. ダニエルの葬式で、シングルマザーによる、取り立てて特別でもない、「普通の弔辞」が読まれておわり。


…と、まぁジャケ写からは想像もつかないような救いのない展開です。

▼イギリスの社会保障制度に対する痛烈な批判と、制度というものに対する警鐘

シンプルに見れば、この作品は、イギリスの社会保障制度に対する痛烈な批判でしょう。私はそれに続いて、「制度」という一種の権力が持つ危険性に対して警鐘を鳴らしているように見えました。
その辺を少し補足したいと思います。
 
まずは劇中、何回も「税金をきちんと納めてきた」というセリフが出るのですが、普通に納税をしていても国はダニエルにお金をあげようとしません。
そして最終的に、「人を救うための制度(社会保障)」がダニエルを間接的にとはいえ「死に追いやってしまう」のですから、もはや事故ですね。

一般的に「制度」とは、見方を変えれば、効率化のためにあります。
従って、その制度(効率化)を突き詰めることは、柔軟性を失わせ、本当に支援の必要な人に寄り添えなくなる危険性を孕んでいることを、この映画は教えてくれます。

そしてその制度を業務として突き詰めるなかで、役人も「本質を失っていく」という描写が嫌というほどありました。
彼らのミッションは本来、「住民(ダニエル)の福祉の向上」にあるはずですが、劇中の役人のミッションは、「いかにして受給を止めるか(あるいは税金の支出を抑えるか)」にすり替わっています。
これは「制度」というものが持つ「強力な力」が、役人の思考を停止せしめたことを表しているでしょう。

▼尊厳すらも制度は奪い去る

そして、役人(国家)は、この「制度」というフィルターを使って、ダニエルを「個性を持った一人の市民ではなく」、「受給希望者〇番」というように、まるで記号のように扱っていくことになります。
結果的に、このことがダニエルの尊厳を奪い、終盤の非常に印象的なシーンにつながっていくことになります。
ダニエルは、「これ以上面倒を起こすと支給が止まるぞ」と警告する役人に対し、「尊厳を失った時点で終わりだ」と返すのですが、ここでも、突き詰めれば「制度」は人の尊厳をも奪いうる「強力なもの」であることが示唆されています。

…込められたテーマを掘り下げていくと、そのほかにもたくさん書きたいところがあります。が、きりがないのでそろそろ止めにします。
この映画『わたしは、ダニエル・ブレイク』は、こうした「(社会保障)制度」を媒介に、一市民(弱きもの)と国家(強きもの)という対立をシニカルかつ、奥深く描いた良い作品でした。

あらすじにも書いたのですが、最後の場面、シングルマザーが読み上げる弔辞もすごく「普通」なんです。特にスペシャルでもない一人の市民の死がそこに描かれています。そこには二つの対立軸を巡っての最大の皮肉が込められているようでした。

ほぼBGMを使わず、非常に淡々した編集で綴っていくのも非常に映像として効果的だったように思います。

まぁシングルマザーの転落があまりにもステレオタイプ過ぎたのと、演出なのか、淡々としすぎて登場人物の内面描写があまりなかったのは少し気になりましたが、年末にかけてうーんと考えさせられる映画でした。
特に制度を巡っては、国家の限界、というものを感じましたね。
われわれの年金ですらどうなるか分からないですし。
われわれ一人一人に国が寄り添ってくれるかどうかは不透明ですし。
まぁだからといって、改革しろ!と叫ぶわけではありませんが。

さて、こんな感じで今年もだらだらと書き綴ってまいります。

 

【雑記】「多様性=豊かさ」の構図がなんとなく理解できるかもしれない例え話

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▼多様性は何のため?

近年、「多様性」とか、「ダイバーシティ」とか、そうした言葉がよく聞かれるようになりました。

多様性 - Wikipedia

私は自治体で働いているので、「多様性は大事ですよー」と推進する立場にあるのですが、関係する住民の方や、当の自治体内部の人でさえ、多様性の意義を知らない・理解していない、(はたまた認めない……)、というケースによく遭遇します。

そもそも、国や自治体・組織が多様性を推進すると、「どんないいこと」が起こるんでしょうか?
私たちに「どう関わって」くるのでしょうか?

このあたりの意義を、雰囲気で理解してもらうために、私がいつも話す「例え話」があります。
「ライター開発秘話」です(お世話になった方からの受け売りなんですけどね)。

 
▼「ライター開発秘話」〜ライターは傷痍軍人のために作られた。〜


ライターは、マッチと違って片手で簡単に火がつけられるので非常に便利です。今や世界中で使われています。

さて、そのライター。
実は、戦争で指(ないしは腕を)を失った傷痍軍人でも、簡単に片手でタバコに火をつけれられるよう、現在の形状に改良されたのです。

そして、その便利さを、傷痍軍人のみならず、今や世界中の人々が享受しています。

つまり、「障害者(傷痍軍人)の課題解決のための工夫・アイデア」が、回り回って世界中の人をも便利にしたということです。

さらに少し視点を変えれば、誰でも使いやすい「マッチ」を開発しようとしたとき、重要だったのは健常者でも喫煙者の視点でもなく、障害者の視点だったわけです。

だから、単一の視点でなく、いろんな人の視点(多様性)を取り入れることは、みんながハッピーになれる種(イノベーション)を含んでいるんです! 大事なことなんです!

(おしまい)

……と立て板に水で一気呵成に話をすると、いい年したオッチャン達が「おー、なんとなく分かったような気がする!」と割と素直な反応を示してくれます(この瞬間がいつも楽しい)。

細かい部分の解釈はともかく、「多様な目線を取り入れることが、新たな価値創造につながり、自分もそのメリットを受ける可能性がある」、ということが理解できれば、この話は合格だなと思っています。


▼(まとめ)個々人の個性こそが多様性のドライブフォース

たくさんの人の目線が入り込むと、行政体であれば、政策に奥行きが生まれ、みんなが暮らしやすくなる可能性を作ります。

一方、企業であれば、事業において革新的なアイデアが生まれる可能性を作ります(前述のライターのとおり)。

これこそが多様性の本質であり、真価です。雑多ではなく、「多」の有機統合。この意味において、多様性=豊かさにつながる、という解釈ができるのだと思います。

多様な価値観、属性をそれぞれ切り離すのではなく、丸く統合していくことは、人間が「より前に」進むためのプロセスなわけです。

そして、ここまで読めば分かるかもしれません。
人間は誰一人同じ存在はいませんので、実は個々人こそが多様性のそのものの主体であります。

従って、今、国や組織は、そうした人々の多様性を推進力に、次の一歩を踏み出そうとしている最中なわけです。そして、その統合は案外気づかぬ部分で自分にも関わりがあったり、メリットを享受できるものなのです。


もちろん、多様性を統合していくことは大変で、当然それにまつわるデメリットなどもないことはないでしょう。
多様性と、既存の文化との共存という問題もあります。

とはいえ、この話を突き詰めると沼にハマってしまうので、この雑記では、多様性を推進することの良い点だけ挙げて、おしまいにしようと思います。

 

▼この話は実は都市伝説?

とまぁきれいに終われれば良かったのですが……
後にいろいろ調べても、この「ライター・傷痍軍人のため説」の根拠が見当たらないんですよね。
ひょっとしたら、理解力の低い私を見かねて、(前述のお世話になった方が)例え話をしてくれたのかもしれません。

信じる信じないは自由です。