シコウノイッタン

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【雑記】森友問題を通じて、民主主義が新しいフェイズに入った

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政治、というか民主主義が揺れています。
このことについて、(外野である私が)ことの真偽、良い悪いを論じることはできませんが、まぁえらい事になったなぁと思っています。
ただ、感じたことを少しだけ、記します。

①国が行政文書の書き換えを「認めた」ことの「意味」

驚いたことに上記のことを認めました。それだけ追い詰められたということもあるのでしょうが、ある程度、今後の展開を見据えて「認めた」と読むべきだと思っています。
言い換えれば、ある程度、今後の台本が描けているからこのタイミングで認めたと見るべきでしょう。
何の目算なしに、一方的に非を認めるようなことは、この国の組織は行わないと思います。

②何を以って真実と成すかが分からなくなった

①についてはあくまで推測に過ぎないので、ゴシップと同じに見てもらってもいいとは思うのですが、この②については深刻な問題だと思っています。

一つは、文書改ざんを認めたことで、「改ざんされていない文書とは存在し得ない」可能性を自明にしてしまったこと。
もちろん、「絶対に行政文書は改ざんされない」なんてピュアな考えを持つ人はいないでしょうが、これまでは、一応、そういう前提のもとで行政だとか公的機関に対する信認が与えられてきたわけです。
ところが、今回これを認めてしまったわけですから、これまでのすべての文書、ひいては行動の正当性が揺らぐことになります。

そして二つ目は、そうなると、「正しいとは何か」がまったく見えなくなります。
もちろん、ハイデガーが「存在すること」を問わない「ひと」を批判したように、我々は日々生きる中で、ある意味当たり前のように思える「正しいこと」に対して、深く思考していくことはあまりありません。おぼろげに、考えることはあるかもしれませんが。


そうした意味で、この問題、なかなか哲学的テーマを含んでいて、とんでもないことだなぁと思っています。
【3/16追記】
つまるところ、「正しいとは何か?」ということが、我々、国民に突き付けられているのです。そして、この機会を漫然と逃すか、それとも取り組むかは、我々次第ということです。
いきなり、無茶しやがって……
(まぁもちろん、これまでの政治史の中にも同様のことがあったとは思いますが、私はそのことについてよく知らないのと、ここ数年では特徴的な騒動であるので、一応雑記として記してみました)。


いずれにせよ、今後の展開は非常に興味深いですね。