シコウノイッタン

読んだ本や、映画の話など、偏見だらけの話をつらつらと

【寸評】その2 『幻の動物王国 悪い奴ほど裏切らない』―現代の人間の消え方「狂ってるのはどっちだ?」―

【とんでもない映画を見てしまった】

『平成ジレンマ』に引き続き、これまたとんでもない映画である。
この映画は、千葉の某地域に住む、棄てられた動物たちをとにかく保護しまくる御仁のハナシである。
ここに綴る言葉は、映像の前ではすべて霞むものである。こんな駄文に時間を費やす暇があるならぜひ本編を見ていただきたい。

ただし、最初に注意喚起だけしておきたい。
まず映像はお世辞にも良くない。手ブレがひどい。
あと、スーパーのQ数が小さく、読みづらいことこの上ない。
加えてディレクターの「○○っすか? マジっすか?ウヒャヒャ」みたいな話し方が若干癇に障る。
その辺りは、全編通して少し気になったところ。

【ホンダさんの一面をご紹介しよう】

さて、幻の動物王国こと、「しおさいの里」を運営するホンダさんは奇怪な人物である。
言ってることもやっていることもメチャクチャなのだ。
棄てられた動物を保護しまくるのだが、そこはどう見てもゴミの山だ。ホンダさんは電気もなく、水道もなく、開け放したワゴン車の中で、犬猫とともにくらしている。
もう、なんというか絵面が凄すぎて、上記の気になる事柄なんて吹き飛んでしまう。

ホンダさんは実業家であり夢想家でもある。
東日本大震災で被災した土地を買い上げ、人を育てる寺を作りたいという。そこでは、飼育している犬が放し飼いになるそうだ。
「私ならできる」と断言する。

ホンダさんは著述家でもある。
保護した犬をまとめた写真集を出版予定である。
(どこの版元かと思ったら、やはり文芸社だった。つまるところ自主出版だ。)

ホンダさんの奇怪さはとまらない。
動物遺棄をなくすには、強い働きかけが必要だと主張する。
その方法が常軌を逸している。

国会の前で、保護した動物の首を順番に刎ねていく。
最後にホンダさんが腹を切り、その腸を首相に向かって投げつける。
そうでもしないと、世間は目覚めない。
「俺はやるよ」と。
そして、このハナシを劇中、二度も三度も繰り返す。

いやいや……

ホンダさんは興奮すると、同じハナシを繰り返す癖があるようだった。私は、若干認知症なのではないかと疑ってしまった。

ホンダさんは御年70を超えている。
しかし日常がサバイバルのようなものなので、病気一つしたことがない、と語る。
心身創建で、見回りにくる警察官とよく相撲をとるそうだ。
そして若い警察官を何メートルもぶん投げるそうだ。

いやいや……

【狂ってるのはどっちだ?byプラテネス

彼の口から語られる全ての話が虚々実々としている。
どこまでが本当で、どこまでが嘘なのかまったく分からない。
そう疑心暗鬼になる頃には、もうこの映画の術中に堕ちていると思っていだろう。

でもホンダさんは本当に狂ってるのだろうか?
動物を棄てる人間と、動物を保護する人間、どちらが狂っているのだろうか?
どちらが正しくて、どちらが間違っているのだろうか?
もし、動物の遺棄という事象が存在しなければ、ホンダさんの持つ鬱屈としたエネルギーはどこへ向かうのだろうか?

ホンダさんを巡る考察はどんどんと深みに堕ちていく。

 


【ここからはネタバレになるのでご注意ください】

 

ホンダさんは突然姿を消す。
心身創建なホンダさんは突然亡くなる。

劇的すぎて言葉にならなかった。

ホンダさんとともに動物たちも姿を消す。

狐につままれたかのような気持ちになる。

ゴミの山だった動物王国は、命の消えたゴミの山になった。


身寄りのないホンダさんの最後は分からないが、それを発見した近所の人が、届け出て、近くの寺に葬られたようだ。
王国の前には「ホンダさんは○○寺に葬られています。詳しくは○○市役所に尋ねてください」と張り紙があり、取材班が最後に役所に問い合わせをするシーンで映画は終わる。

役所は、ホンダさんのことをロクに把握しておらず、ヘラヘラとした応対が視聴者の怒りを煽る、なんとも心がザワザワする終わり方だ。

ただし、一応フォローをすると、上記の張り紙も近所の人が厚意で書いたもので、厳密にはその張り紙の内容は役所は把握していなかったのだろう。そういう意味ではちょっと意地悪だったかなとも思う。


さて〆ます。
第一に、単純に、とんでもない人を取材し、とんでもない映画が出来てしまったな、という驚嘆の感情を呼び起こす映画である。
そして、第二に、現代社会における人の「消え方」、「何が正しくて何が間違っているのか」を考えさせる映画であった。
これは見て損はないと思う。
とんでもない映画だった。