シコウノイッタン

読んだ本や、映画の話など、偏見だらけの話をつらつらと

【書評】『闇の奥』ゴタゴタ言わず闇に触れよう

 

闇の奥 (光文社古典新訳文庫)

闇の奥 (光文社古典新訳文庫)

 

 読みました。

 

 ▼『地獄の黙示録』の元ネタ小説

ジョセフ・コンラッドの有名な作品。
地獄の黙示録の元ネタとしても有名ですね。

評価の分かれる作品のようですが、個人的には非常に刺激的で面白い作品だと思います。

 

▼『闇の奥』あらすじ(ネタバレあり) 

アフリカ大陸が暗黒大陸と呼ばれていた時代。
船乗り・マーロウは、象牙を取り扱う商社の船乗りとして従事(アルバイト)することになります。
マーロウのミッションは、象牙集めが上手いのだけど、ちょっとした問題のある商社社員クルツを連れ帰ること。
クルツは、コンゴのジャングルの奥地の支社から出てこないのです。
というのも、クルツは象牙に魅せられた結果、現地人を従え、自らの王国をジャングルの奥深くに作っていたからです。

そこで、河を遡上しながらマーロウは旅をします。
道中、危険な目にあったり、仲間が死んだりしながらも、なんとか狂気に満ち、そして掴みどころのない闇を抱えたクルツと会います。
そして、マーロウはクルツを連れ帰ることに成功します。

しかし、その時、すでに病気にかかっていたクルツは、蝋燭のみが灯る暗い船室で、「恐ろしい! 恐ろしい!」と、なんとも意味深な言葉を残して死んでしまいます。

一体、クルツの言いたかったこととは何なのか。

底知れぬ闇との出会い、そして突然の別れは、マーロウにモヤモヤを残します。

その後、ミッションを終えたマーロウは、クルツの遺品や記憶をクルツの婚約者などに配り歩き、クルツという人間の記憶を残そうとする。
マーロウも知らぬ間に、クルツに魅せられ、クルツという人間を何らかの形で残そうと思ったのでした。

そして、今や老マーロウとなった彼は、その過去の顛末を仲間の船乗りたちに聞かせ、再び口を閉じるのでした。

 ▼『闇の奥』をどう読むか?

この作品は、未開文明に対する西洋人の横暴の書である、とか、アンチテーゼだとか、そういった見方がされます。それは概ね間違いではないと思います。
ただ、それらのテーマはすでに語り尽くされており、現代に於いてそうした視点から読むことは、骨董品を愛でるがごとく、もはやあまり意味を成さないと思います。

個人的に注目すべくは、コンラッドが描いた人間の底知れぬ心の闇、もっと言えば欲望の歪さ。そして、それを巧みに描出しきったことではないかと思います。

読めば分かりますが、クルツの狂気は、意味不明です(それが狂気というものですが)。
そして、その得体のしれない狂気に、現地人を含め、多くの人々が魅せられ、ジャングルの奥地という舞台に吸い寄せられてくる。
それはマーロウも同じです。
クルツの持つ狂気に、マーロウ(一般の人間)の心が呼応するのです。
狂気がさらなる狂気を呼び、舞台の上でシナジーを作り出す。

用意された小道具はある種、荒唐無稽でありながら、それでも人間の底知れぬ、心の闇深さが、じっくりねっとりと、比喩や時折ジョークのような余裕を噛ませながら描かれます。

その得体の知れない「訳が分からない」感覚こそ、コンラッドの描きたい「闇」なのではないか、と私は思います。


▼輪郭をぼかされた物語

 そして、私がなによりもこの本でいいなぁと思ったのは、すべての輪郭がぼやけていることです。
それは、登場人物であり、風景の描写であり、物語の筋でもある。
すべてのものが闇に溶けていきます。
それはときに具体的な描写として。
ときに描写しないという方法で。

読み終えて、「一体これはどういうことだ」と殆どの人が思うでしょう。
それこそが、本書の魅力のような気がします。

 

※ちなみに、光文社古典新約文庫は、非常に読みやすくなっていますので、手に取りやすいと思います。おすすめです! 

闇の奥 (光文社古典新訳文庫)

闇の奥 (光文社古典新訳文庫)

 

 了