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素人と落語と書評

落語や社会のはなしなど、つらつらと

構造主義から見る落語

すんごい不精をしていました。
引越しをしたりいろいろバタバタしていたせいではあるのですが。

渋谷が近くなったので、いつかシブラクに行ってみたいのですが、若い女の子とかがいっぱい居そうな(偏見)感じで、おじさんはなんとなしに末廣亭に足を運んでしまうのです。

ところで、最近、構造主義について聞きかじっています。

もともと、私の思考方法は別に勉強したわけではなかったのですが、構造主義的な部分があって、いわゆる構造主義入門書を読んだところ、「これ、俺が今まで考えてきたことそのまんまじゃん!」ってな驚天動地の発見を得て嬉々としているのでございます。

まぁそもそも、同種の考え方をしている時点で、すでに構造主義的の迷宮から抜け出せない無限ループなのですが、その辺はニーチェの言う立派な「畜群」の一人として、立派に右に倣えをしていきたいと考えています。

まぁそんなことはどうでも良くて、落語というのも技芸ですから、構造を持っています。
さまざまなギミックの部分は立川談志師匠の「現代落語論」とかが、立派に論じておられるとは思いますが、構造主義的な視座から落語を語るとどうなるのか?

例えば、「間」。
これをどう読み解いていくのか?

なんだかすごく楽しそうで、これから考えていこうかと思っている最中です。

というわけで、表題はただの意思表明というか思いつきなのです。
今日も落ちません。