シコウノイッタン

読んだ本や、映画の話など、偏見だらけの話をつらつらと

【雑感】都会に疲れたオジ。

帰りの電車で、ふと天井を見上げると、首都圏の複雑怪奇な電車網ネットワークの案内が見えた。

 

ネットワークとはよく言ったもので、その姿は我々の身体に張り巡らされた毛細血管のようだ。

 

これはほどけない。

 

余りにも、我々は複雑に絡みすぎて、それ故に、どこかぎこちなくなってきている気がする。

 

絡み合っている土地、人、思念、情報。

 

取捨選択スキルこそが、これからの時代の鍵になるのだろう。

 

なんてね。

了

【余談】行政書士資格を取って何が変わるのか?

令和7年度の試験はどうだったのでしょうか。

記述が難しかったと漏れ聞こえておりますが、色々と忙しく検証する時間がないのが正直なところです。

昨年の試験では行政法は満点を取れたのですが、もはや行政手続法はおろか、行政訴訟法なんて記憶の彼方なのが、1年後のリアル。

そんな行政書士試験ですが、受験にはどんな効果があるのかを書き出して見ようと思います。

 

【変わらなかったこと】

・開業はしてません。

⇛開業なんてとてもできないですね。勉強すればわかりますが、あの試験は全体を広く薄くなので、特段のバックグラウンドでもなければ、開業なんてとても無理ですよね。

 

・法律家になれてはいない。

⇛日々、忘れゆく民法、その他諸法令とにらめっこです。でも法律を考える基礎体力はすごく付いたと思います。

 

【変わったこと】

・勉強家になれたかも。

⇛日々、勉強する習慣がつきました。新たな試験勉強中です。家のこともあって、1日3時間くらいが関の山ですが、朝4時に起きて勉強継続中です。

というか、遊ぶのが怖くなってしまう自分が居ます。

 

・法律はわかると楽しいと思えるようになった。

⇛そこに至るには時間が掛かりますが、法律を知ることはやっぱり楽しい。

 

【終わりに】

行政書士試験にリベンジしようとする人、他の試験にトライしようとする人。いろんな人がいると思います。

 

毎日、遊んで楽しく暮らすのもそれもまた人生です。

社会人になって勉強を続ける人を茶化す人もいます。

でも私は何かを学ぶ人と話すのは楽しいし、そういう人をこれからも大切にしたいですね。

 

職場の会話は日々、自分の手も届かないような、芸能ゴシップで占められていますが、私は私であればいいやと思う今日この頃です。

 

余談ですが、芦辺憲法は大事。行政書士試験に疲れた人は読むのをおすすめしています。(結局勉強なんかい!という感じですが。)

https://amzn.to/4sCArXq

 

 

 

了

 

 

 

 

【書評】『自由からの逃走』~サクッと読むとふーん、ってなる〜

読みました。
心理学は全くの門外漢です。
歴史的名著とされていますが、実際の読み解きにあたっては若干の注意を要するかもしれません。
以下、簡単に各章を、備忘録を兼ねて振り返ります。

▼第一章『自由ー心理学的問題か?』

この章では、近代社会における「自由」が、人類にとって重しとなっている、という本書で何度と繰り返される前提が述べられる。
人間は、社会的生き物なので、その置かれた環境に適応していく、というメカニズムを有しており、そこには人間を突き動かす強力なエネルギーが内在してきる。
近代社会への移行に沿って、身分の固着がなくなり、近代人はより自由になった。その環境へ適応し、エネルギーを消費しなければいけないのだが、その自由の重みに、現代人は耐えかねている。
結果、支えきれない自由の重みから目をそらし、自我を放棄し、権力に従うという楽な道をとりやすくなり、後に述べるナチズムへの賛同につながる。

……という内容。ほとんど、本書の結論。

▼第二章『個人の解放と自由の多様性』

ここでは、中世のように身分が固着されていた、すなわち自由の入る余地のない時代から、近現代にかけて、王政の崩壊などにより自由の幅が広がってきている、という事例を示す。
人間が古来より持っていた「第一次的絆」とは、人間が自然のなかの一要素である、言い換えれば、世界に帰属している、という紐帯を意味する。
その中においては、人間は自然と同義であり、自己存在の意味、自我、などパーソナリティ的要素を余り考慮に入れる必要性がなかった。
これら第一次的絆は、人間的成長を妨げる要素ではあったが、一方で、人間存在に大きな安定感を与えていた。
要は何も考えなくても良かった、ということだ。
だが、近現代において、人類が自然と袂を分かつ過程で、人間は一時的な絆から切り離され、自由だけれども孤独になった。
孤独になった人間の心理はどのような道を辿るか。
それは、新しい第二次的絆の模索か、自由からの逃走であった。

……という内容。

▼第三章『宗教改革時代の自由』

では、その第一次的絆との決別がどこにあったか、というと宗教改革時代にあったと、フロムは主張する。
特に予定説の影響は大であった。

ルッターの「信仰」は、自己を放棄することによって愛されることを確信することであった。

以上は本文からの引用であるが、生前の善行が魂の救済と何ら関係がないのであれば、人々は確信を求めて遮二無二生きるしかない。
そして、この動きが資本主義の発展に大きく寄与した。
権力に自ら屈指し、自己の犠牲を厭わない態度は、やはり後世のナチズム支持に繋がっていく。
詰まるところ、現代人の自由からの逃走は、この宗教改革に端を発するのだ、というのがフロムの発見だ。

……という内容。

▼第4章『近代人における自由の二面性』

この章では、宗教改革が源流となって、資本主義経済が勃興してくる様子を描く。その中で、中世の伝統的な第一次的絆から解き放たれた人々に去来する、①人としての独立性、②独立するゆえの孤独と孤立、の二面性を論じていく。
これは、マルクス的な阻害とほぼ同義であろう。
またここでの説明は、ベンヤミンの『複製技術時代の芸術』に近いものがある。


結論としては、近現代においては、「自由」は一種のタブーであり、それを真正面から受け止めることは『かれらにはあまりに恐ろしすぎる』ということだ。
その結果、積極的自由の謳歌よりも、自己を放棄し、隷従の道を選ぶ消極的な自由(からの逃走)が選ばれやすくなる。
このことは、もう何度も語られた事象ではあるが、次章にて、「人間心理はいかにして逃避を選択するのか」というメカニズムを詳らかにしたうえで、ドイツがナチズムへの道に走った構造を理解せしめようとする。

……という内容。

▼第五章『逃避のメカニズム』
本章では、逃避にいたる心理的メカニズムとして主に「権威主義」「破壊性」「機械的画一性」の3つを挙げる。
「権威主義」は、個人に欠けている力を、権威的な力と同化しようとすることで自己を補完しようとするもの。裏返せば、無力感、劣等感の現れであり、マゾヒスティックな動きでもある。この基では、結局、服従関係に陥るだけで、第一次的絆のような安定感を得ることはできない。
「破壊性」は権威主義におけるマゾヒスティック的な要素と近しい部分があるものの、基本的には、自己の欠落を補完するのではなく、排除しようというよりアグレッシブな動きとなる。ただ両者に通底するのは、無力感、孤独感であり、それの変異による動きである。
「機械的画一性」は、上述2つがある種の能動的作用だとすると、受け入れる動きとされる。
これは『外界から完全にしりぞいて、外界が脅威を失うようにする方法や、自己を心理的に拡大して、外界を相対的に縮小する方法』とは本文からの引用である。
そして、人間の有するこうした複合的なメカニズムが、ナチズムが受け入れられる特殊性でもあったことをフロムは主張する。

……という内容。

▼第六章『ナチズムの心理』


この章では、ナチズムが受け入れられた具体的な事例を紹介する。
ヒットラーには、第五章で述べた、様々なメカニズムを、意図的かそうでないなはともかく、操作する力があった。
すなわち、人間には、圧倒的に強い力に支配されたい切望と憧れが存在するという心理的な側面と、かつ、宗教改革に端を発した近代人の自由獲得の流れの中にあっては、ナチズムのように常軌を逸するイデオロギーも受け入れられることが有りうることを示している。

……という内容。この時代に読むと「まぁそうだよね」という感想なのだが、時代的な背景を考えると当時現在進行系だったナチズムを政治的、経時的文脈から捉えるのではなく、心理的分析を用いたーかつ、それが現代に至るまで説得力を持っているーことは、フロムの考察が優れていたということであろう。

▼第七章『自由とデモクラシー』

ここでは、私達が「個性」と呼ぶものは、全て幻想なんですよ、というバルトのエクリチュール的な、どちらかといえば哲学的な考察が展開される。
一応の結論としては、現代人が無力感という、自由からの逃避という現象に打ち勝つには、デモクラシーによって成る、との主張が控えめに行われる。

……という内容。

▼まとめと感想

というわけで、本書は冒頭で結論が示され、それが延々と補強されていく構成になっています。
で、本書は、やはり書かれた年代、つまりナチズムが現在進行系の時に出版されている、という事実を忘れると、なかなか刺さってこないわけです。
結局、昨今では「自由は不自由」みたいな理解が割と一般化してますし、フロムの主張がある種当たり前に受け取られてしまうこの時代にあっては、その意味性を見失いそうになることが何度もありました。
そのあたりが、読み進める上で難しかった点です。

あとは、あくまで精神分析的なメソッドから、人類にとっての自由を仔細に考察した本なので、終章の結論が腰砕け的に捉えられがちになるのですが、あの辺りは言及しなくても良かったような気もしました。
これも時代的な背景から、何かしらの希望を込めて、のことかもしれませんが、今読むと違和感が。

というわけで、以前、玉川大学の岡本裕一朗先生から『「啓蒙の弁証法」と大体同じことが書いてあって、読みやすいのは「フロム」なので、初学者はこっちからどうぞ』、との勧めで読んだんですが、それでも割と分かりにくかったです。先生。
別の訳で読んでみたいのと、こんな新刊が出るらしいので、こっちで足りない理解を補強してみたい今日このごろです。

了。
 

【行政書士試験失敗からの教訓】~演習の質と量にご注意~

▼合格体験記よりも失敗記を読む

さて、7年度の行政書士試験まで残り3か月を切りました。

ぼちぼち学習も大詰めでお焦りの方も多いかと思います。

 

先日、横溝先生が、こんなブログを書かれていました。

『本試験まで96日〜合格と不合格一般論化できるのはどっち?』

https://ameblo.jp/mizo-pan/entry-12920866331.html

 

ブログの中で典型的な失敗事例を挙げられているのですが、私も自らの失敗の経験として強調したいのは、

「肢別本をひたすら繰り返し解くことが目的化している」

「ネット情報に振り回されている」

「問題演習量が不足している」

 

の3つです。自戒の意を込めて補足します。

 

▼「肢別本をひたすら繰り返し解くことが目的化している」

「ネット情報に振り回されている」とも関連するのですが、「肢別過去問をこなせばそれだけで合格できる」と豪語するネット民は少なからず存在します。

「点数が上がらないのは肢別の擦り方が足りない」「肢別を7周するくらいでないとダメ」など、私も試験の迫ったナーバスな時期にそんなコメントを読み、心がザワザワしたものです。

 

始めに、肢別過去問自体は非常に便利な学習ツールであることは間違いありません。

しかもこの本は、アプリでも出来るので、隙間学習にめっちゃおすすめです。

 

ただ、肢別は、基本的にタイトル通り目的化しやすく、あまり意識せずに取り組むと危険な本でもあります。

〇×で答える以上、正答率は高くなりますし、繰り返せばほぼ100%に近い正答率を叩き出せるようになります。

そこに達成感を感じてしまうと、問われている「論点」や「考え方」に対する成長が止まります。

 

例えば「債権譲渡の対抗要件は?」

とシンプルに問われた際、「債務者に対してですか?第三者に対してですか?」と返せれば学習は根付いているかもしれませんが、肢別をぼんやり解いていると、「通知」「承諾」「確定日付のある証書」などのヒントがないと解答にたどり着けない初学者も多いのではないでしょうか。

肢別は、そもそも『「債権譲渡」って何?』っていう根本の理解にはあんまり答えてくれないんですね。

そうすると、「聞き方をひっくり返されたり」、「第三債務者」とかのワードを散りばめられると応用が利かなくなったりします。

問われている論点を含め、意識的な肢別過去問との向き合い方ができれば良いのですが、現実的に難しいので、肢別過去問への過度の依存は要注意です。

 

▼「ネット情報に振り回されている」

人間って不思議なもので、なぜか直前期になるとネット情報だったり、出所のわからないYoutubeを見たりしてしまいます。

テスト近くなると部屋の掃除をしてしまう心理と同じでしょうか。
とにかく多くの方が言う通り、「テキストや学習ソースは浮気しないこと」。

基本のテキストととことん添い遂げるのが絶対良いです。

 

私は、浮気性なので、レックの「肢別過去問」、「ウォーク問」、そのほか「判例集」「小六法」それはもういろいろ手を出しましたが、結局のところほとんど基本テキストと肢別過去問以外は使わなかったですね。

 

▼「問題演習量が不足している」

これはタイトルそのものと少しずれるかもしれないですが「一番重要なポイントです」。

近年、憲法も含め、難問化している傾向にあります。

そうすると、演習の「量」はもちろんですが、「質」も重要になってきます。

「量」についてはすでに述べた肢別過去問や、各種予備校が出している市販の問題集でも十分対応できますが、「質」については、市販のテキストだと対応しにくくなっている気がします。

そうしたところで、一段上の司法試験や司法書士試験の問題と向き合うことが、実力を大きく伸ばすことにつながります。

 

とはいえ、市販の過去問を買ってくればいいか、と言われると、カバー範囲が違うので無駄が多くなります。

その辺りのキュレーションをしてくれるのが、予備校のテキストなり講義であって、支払う価値はそこにあると思います。

そういう訳で、前回レックの「合計56点アップ道場」を激推ししましたが、これは本当におすすめ。

先生の講義はもちろん、問題もいろいろな試験から横断的にピックアップされています。バランスが素晴らしい。なんだか回し者みたいですが。

道場:2025年合格目標:合計56点アップ道場 -行政書士-LEC オンラインショップ

 

▼最後はとにかく繰り返し、繰り返し。

いろいろ書きましたが、最後はとにかく反復。鬼反復です。
残り3か月、あがけばあがくほど合格確率はまだまだ上がる時期です。

何かの参考になれば幸いです。

 

了

 

令和6年度行政書士試験を受けてきました(その2:私の勉強遍歴)

と、いうわけで、需要があるかはともかく、私の2年間の行政書士試験の勉強遍歴を振り返ります。

▼1年目:foresightでの通信講座で勉強開始

1年目はとにかく勉強の仕方もよくわからないので、なんとなく広告で見聞きしていたforesightに申し込みました。5~6万円のコースだったかと思います。

なんせ、本格的に勉強するのは久々だったので、アプリだとかパソコンでの授業だとかなかなか新鮮でしたね。1月くらいから勉強を開始しました。

▼で、foresightってどうなの?

個人的な感想ですが、正直「うーん」という感じでした。いくつか理由を挙げます。

①テキストが市販の物と大差ないか、少ない。
→レイアウトや見易さ、表現などは、分かりやすくて良かったんです。最後まで愛用しました。ただ、情報が浅いといいますか、試験に出ていないところ、出題実績の低いところなどはばっさり切られていて、特に民法の財産法なんかの端折り方はひどかったですね。それに気づいた2年目からは市販の「合格革命」と併用しました。そうじゃなきゃ本試験では対応が難しいレベルだと思います。
合格革命 行政書士 基本テキスト 2025年度版[合格に必要な条文・判例を網羅 六法も判例集も不要!](早稲田経営出版) | 行政書士試験研究会 |本 | 通販 | Amazon

 

↑知識はこっちの方が豊富。ごちゃごちゃして見にくいのはご愛敬。



②オンデマンド講座もテキストの読み上げだけ。
→講座はテキストを読み上げるだけで、正直、役に立ちませんでした。

③タスク型の勉強で「やった感」だけは出る。
→アプリが勉強状況の進捗管理をしてくれるのですが、まぁ人間の性といいますか、指示されたミッションをこなすだけになってしまうんですよね。役に立たない動画を見てやった感を得るといいますか。

④そして誤謬に陥った。
→半ば私も悪いのですが、指示されたこと・定められた時間数の勉強をやれば、なんか「合格できるだろう」と思ってしまうんですね。だから私は黙々とアプリが指示する勉強を遂行しました。そして、本試験直前に「……何かがおかしい。全部こなしたはずなのに本試験問題が解けない……」と気づき、試験一週間前に肢別過去問を購入した愚か者です。
合格に必要なのは「知識」と「解法」だと思います。foresightでは「解法」についての言及がほとんどないです。そのあたりが残念でした。(もちろん個人でなんとか情報収集もすべきなんでしょうけど、一応コンプリートパックみたいに謳っているので、そのあたりのフォローも欲しかったというのが本音)。

▼2年目:「合格革命」で独学開始

というわけで2年目は「合格革命」やYouTubeを併用しながら勉強を進めました。とにかく何周もテキストを読み返し、合間合間に肢別過去問も何回もやりました。ところが、夏ごろに「……何かがおかしい。全部こなしているはずなのに、いまいち本試験問題が解けない……」と再び気づきました。そう、「答えを覚えちゃって、脳ではなく背骨で解いちゃう問題」です。思えば、これが知識の踊り場だったんでしょうね。で、やばいと思いました。


▼横溝先生の「合計56点アップ道場」へ

という訳で、どこからともなく情報が流れてきた「LEC」の横溝慎一郎先生の「合計56点アップ道場」に手を出しました。なんと55,000円もして、foresightの金額とほとんど同額でした。
でも、結果的に大満足といいますか、これがなければまじで落ちてたレベル。

この講座は考える力を養うので(特に民法)、基礎体力がぐっと上がります。人に教えて金をとるというのはこういうことか、と素直に思いました。それくらい、市販のテキストをなぞるのと内容が違う。
結果、私は成績を大きく伸ばすことができました(なんだかLECの回し者みたいですが……)。毎年夏くらいから申し込みが始まるようなので、行き詰ったら申し込んだほうがいいと思います。

 

採点サービスの結果

あとは並行して横溝先生のブログもしっかり拝見して「解法」やマインドセットを学ばせてもらいました。もちろん、講座の内容をひたすら先生曰く「鬼反復」するのが大事なので、2年目はそのあたりも抜かりなくやったつもりです。

横溝慎一郎行政書士合格ブログ  

 

というわけで、先生、ありがとうございます。試験当日、明治大学でお見かけしたのですが、こっぱずかしくてお声がけできなかったのは内緒。

 

▼結局、行政書士試験は独学でいけるのか?

さて、個人的な印象を話すと、市販のテキストでも、合格はできると思います。ただ、市販のテキストは基本的に過年度の出題実績などを見ながら、加除修正を行っているだけなので、リアルタイムの論点・予想論点への対応が甘くなりがちです。特に、憲法なんかは、今の市販のテキストでは太刀打ちできないくらい方向性が変わってきている印象を受けます。とはいえ、法律の基礎知識のある方や、勉強時間がしっかりとれる方、要領のいい方は独学+市販テキストで問題ないかもしれません。

一方で、仕事や家事で時間のないような方で合格の確度(ボーダーぎりぎりの人)を上げるのであれば、私のように予備校の講座をスポット受講するのも十分にありかと思いました。この辺は正直、お財布と相談でしょうが、何年も受験して時間を消費するのであれば、とっとと投資をして終わらせるほうが健全な気がします。

 

いろいろ書きましたが、今日のところはこの辺で。次はつかった参考書を書こうかと思います。


了

令和6年度行政書士試験を受けてきました(その1:多分)

2年ぶりにブログを書くようです。

時の流れとは恐ろしいものです。

まぁそれぐらいご無沙汰していたのは、表題のとおり、「行政書士の試験」やら、「職場の異動」やらがあってバタバタしていたからですね。

もう、はてなブログの書き方すら忘れてしまって、記憶を掘り起こしながら書いています。というわけで、令和6年度行政書士試験、受けてきました!結果や如何に。

【目次!】

 

▼さて、令和6年度行政書士試験の所感

個人的には、今年の問題は比較的易しい内容だった気がします。
いろいろと予備校の先生方のコメントを見ていると、「易しい」・「難しい」というよりも「微妙」という印象を持っているようですが。。
そのあたりは、行政書士法から1問しか出ていないこと、戸籍法からの出題がないこと、民法の(おそらく)没問、記述式の内容が多分に影響しているのでしょうね。

とはいえ、去年の問題よりは、私は解きやすかった。言い換えれば迷う問が少なかった印象です。

 

▼令和6年度行政書士試験の自己採点結果

自己採点の結果はこんな感じです。ちなみに、恥ずかしいのですが、カッコ内は参考に昨年の成績を載せてみます。

・基礎法学:1/2=4点 (1/2=4点)

・憲法:5/5=20点 (2/5=8点)

・行政法:19/19=76点 (15/19=60点)

・民法:6/9=24点 (3/9=12点)

・商法・会社法:3/5=12点 (1/5=4点)

・多肢選択:8/12=16点 (10/12=20点)

・記述:?点 (12点)

〈法令小計〉152点 (120点)

 

・一般知識:11/16=44点 (11/16=44点)

 

【合計】196点+α (164点)

という感じでした。記述と民法の問題35次第でもう少し点数は変わりそうですが、割と良い出来なので素直に驚いています。

まぁ昨年はそもそも法令が足切りという爆死レベルでしたね。勉強の仕方もよく分かっていなく、肢別問題集を買ったのが11月2日という…(肢別問題集って何?っていうレベルでした)。

そういう意味では、その反省も生かし、順当にステップアップできたのではないかと思います。

▼一応の得点戦略

基本的には大体の方と得点目標は変わりがなかったと思います。
こんなもんでしょうか?

・基礎法学:4点

・憲法:12点

・行政法:64点

・民法:24点

・商法:12点

・多肢選択:14点

・記述:25点

・一般知識:30点

 

・結果的に、憲法、行政法が上振れしました。行政法についてはある程度、できたという確信があったのですが、憲法の問題3と4については若干危なかったですね。
ともに判例の主旨、結論については知っていたのですが、細かい判旨の部分を抑えていなかったので、やや焦りました。
ただ、最終的には裁判所・憲法の思考を辿ることで、ある程度の確度をもって選ぶことができました。

・あとは、私は民法を苦手としているのですが、当日の朝に駆け込みで見たLECの講義内容・レジュメに何問か救われました。予備校ってスゲー、って思いました。

 

・商法は、マークしていた匿名組合の問題33をケアレスミスで落としてしまったのが悔やまれますが、まぁ想定範囲でした。

 

・多肢選択の憲法は、正直難しかったですね。ここは1問しか取れなかったです。行政法の多肢も個人的にはあまり簡単ではありませんでした。時間が足りず、焦りながらやったのですが、なんとか拾えたという感じです。

 

・記述については、いろいろ言われていますが私も正直、ぱっと見た瞬間では、何を書いていいのか分からなかったです。
例年ですと「あぁ、差し止め訴訟を書かせたいのね」とかなんとなく朧げにフレーズが浮かんで見えるのですが、結構悩みました。
あまり模擬試験をやらないタチなので、時間配分をがっつり誤り、時間的な制約もあってとにかく焦りました。

ただ、その一方で、バランスを取る目的か、問題文にかなり要素・フレーム(例えば「誰を被告として、どのような処分に対する取消訴訟をできるか」)が入っていたので、そのフレームに述語を追加するだけ、という問題でもあったのかと思われ、その意味では易しかったと見てもいいのかもしれないです。
ちなみに問題45は先取特権の話ですが、先取特権って私の持っている数種のテキストでも軒並み省略されていて、苦手な受験生も多そうですね。私も動産売買の先取特権の話は書けましたが、その後の競売云々の話はちょっと別の回答を書いてしまいました。

 

・基礎知識はどうしても不安になるのですが、例年の感じを見ていると、結局大体現場思考でなんとかなってしまう、というパターンで今年もいけた気がします。
ただ、問題49は、ちょっと前に見たア〇ルートの動画を見てなければ落としてましたね。
【行政書士試験】豊村慶太の政経社ポイント講義①戦後の国際通貨・貿易体制|アガルートアカデミー

暇なときにこういうインプットも大事なもんだと思いました。
あと、問題55~56は難しかったですね。ここはどうせ他の受験生も間違えると思って適当に回答しました。

 

▼あとは1月の発表を座して待つのみ

というわけで、マークシートのミスがなければ、今年(2回目)はなんとかなりそうです。なんか馬鹿にされやすい行政書士試験ですが、私のような凡人には大変な試験でした。。もうしばらくはいいや。

 

というわけで、この2年間は、好きな読書、映画を了すべて禁じた生活でした。
やっとひと時、人並みの生活に戻れそうです。

次は勉強方法について書こうかと思います。

 

了

【書評】『死者の奢り』〜ヒトとそうでないものの間〜

▼人間か、人間以外か。

読みました。
十数年ぶりの大江健三郎です。

子どもが風邪ひいてまして。
コロナの影響下で育ったせいか、しょっちゅう熱性けいれんを起こすんです。
親としては気が気でないんですが、まぁそんな息子の傍らで久々に再読しました。

あっ、本の内容ですね。
なんと言いますか、久々に読むと面白いんです。
二十歳そこらで読んだ時は、なんとなく格好つけて読んでるきらいもあったんですが、すっかりおっさんとなった今では、案外理解できるようになっている。
大人になるのも悪くないです。

基本的に短編集なので、それぞれの話の記述は避けますが、全編を通し、人間(じんかん)とそうでないものの対立を強く押し出し、その差異から炙り出される人間(にんげん)を小説で活写していく、と。そんな風情で書かれています。

その中の『他人の足』という話なんかは、そのまんま「ブラック・ジャック」に出てきそうな筋書きで、脳内で手塚治虫の映像をドバドバ再生しながら読みました。余計な話ですが。

久しぶりに大江コレクションを引っ張り出して読もうかと思ってる今日このごろです。

▼時間が消滅しかけている

全然余談なのですが、ここ数年、子育てや仕事やなんやの板挟みで全然時間がありません。
ブログもサボりがちだし、読書も映画も全然さわれてない。
ちょっと人生を見直すときなのかもしれない。
というわけで、ブログでのアウトプットは少しづつ再開したいなぁ、と思ってます。
全然余談なのですが。

了