シコウノイッタン

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【書評】『それでも人生にイエスと言う』V・E・フランクル~君たちはどう生きるか~

それでも人生にイエスと言う

それでも人生にイエスと言う

 

 読みました。

最近、『君たちはどう生きるか』が流行っていますが、正直、違和感があります。もちろん、あの本は時代を超える普遍的な要素を元来多分に含んでいて、いつの世でも読まれていいとは思いますが、あれ、どちらかと言えば児童書ですよね。
しかも、漫画版だし。
なぜ今更、あれに大人がこぞって群っているのかは。。。まぁ誰にも分からないですね。大手代理店の策ではないことを祈ります。

大人向け「君たちはどう生きるか

のっけから話がそれましたが、読んだのは表題『それでも人生にイエスと言う』。
『夜と霧』が非常に有名なフランクルの著作です。
正直、この本のほうが「君たち(=大人たち)はどう生きるか」というメッセージを強く運んでくれます。私は、むしろ、この方が、意味の消失した今の時代に読まれるべきだと思います。

ここからは、記憶に残る部分をつらつらと綴っていきます。

第一章は、「生きる意味の消失した現代」という前提から語られます。「生の意味」「尊厳」などなど、宗教的な影響力も薄れ、さまざまな概念がどこか疑わしくなってしまった今日この頃。我々は意味を見出しにくい社会に生きている、というのがフランクルの論の前提です。

ですが、実際「生きる意味」など与えられるはずもなく、「人生があなたに何を期待しているか」という逆転の発想こそが真であり、この本の一番大事なメッセージです。

また、一人ひとりの人間が、一回性の生命を持ち、唯一性から代替不可能な存在なのです。だから「私なんてなんの役にも立てない!」なんて気安く話すのは、責任を放棄する行為でもあり、フランクルはそうした言動をたしなめます。
(ただし、その唯一性は、人間相互が暮らす共同社会の中で、責任を果たすことでやっと価値を持つものとも説明しています。例えるならば、虚言癖という性質は差異ではあれども社会的な価値はないですね。)

まとめると、「生きる意味とは、自分で見出すもの」であり、そのつどつど「今・ここ」において、共同体に生きる人として「責任」を果たすこと。これが本書を貫く背骨のような考え方になります。
正に実存主義的な考え方だと思います。
正に「君たちはどう生きるか?」です。

さて、第二章では、それが例え病や苦悩の中にあっても、人間性は決して損なわれないこと。
第三章では、アウシュビッツのような劣悪な環境でも、人生にイエスと言えてしまう、人間の力について語られます。

例えば、病で体が動かなくなってしまったとしても、その運命というか現象に対して、各人の責任の果たし方があるはずです。体が動かなくても、他者を労わる人間性。重い障害がある子どもでも、その子の存在自体が放つ親への愛。
こうした、病などネガティブな要素も、決して人間の生や尊厳、あり方を否定するものではない、ということが具体的事例を交えて語られます。
一番印象に残ったのは老人の話です。
「仕事もできないような老人に価値は見出せるのか?」という問いに対し、その存在そのもの、おじいちゃんのいる空間には、その人だけの代替不可能な価値がある、とフランクルは返します。
どこまで行っても、無価値な人生などない、というのがフランクルの主張です。

レトリック的とも感じられるけど勇気の出る本

本書を読んでいると、「どうも運命論っぽいな」とか、レトリックで人生を前向きに捉えなおす、自己啓発本という感じを受けます。
フランクルもそれを承知していて、かつそれを(やや哲学的な言い回しですが)ロジカルに根拠だてて説明します。その辺の妥当性は研究者や聡明な読者のレビューに譲りますが、それを一般読者が正確に理解できるかは分かりません。私には理解しづらい部分もいくつかありました。

ただ、やはり読んでいると元気が出ます。ナチス強制収容所という地獄を見たフランクルの言葉には、何か分からないけどグッとくるのです。

フランクルの言葉には重みがあります。

時折、人生の末期に際し、さまざまな苦しみ(例えば介護、病気)に襲われ「今まで何のために生きてきたんだろう?」と話す老人が居ます。
また、無残にも生命を奪われた家族を前に「何のために生まれてきたのだろう?」と嘆く人も居ます。
どちらも気持ちはとても分かるのですが、フランクル的な見方をすれば、その人の人生は最後に思い通りには行かなかったけれども、その生の中できちんと責任を果たしたのです。
例えば、家族を慈しみ、喜びを与える。他者を気遣う。それが些細なことであってもかまいません。責任の果たし方は、結局人それぞれなのですから。
また、そうした結果(最後)を嘆き続けることは、その人が果たした責任、行動に対して、目を閉ざすことでもあります。
我々が見るべきなのは、そこではないかもしれないのです。

……という薄気味悪いくらいポジティブな思考に立てるのが、この本の魔力です(笑)

巻末、長めの解説では「フランクルの実存思想」という題で、フランクルの思想を貫く(らしい)「快楽への意思」「力への意思」「意味への意思」などが語られます。
「意味への意思」が三者の中で高次の概念として存在し、それを補完する目的(こういう人生を送りたい)から「性」だったり「力」に意思が向くとか。
この辺はもう少しお勉強が必要です。

了。